「創世記」 始源の刻

この宇宙の全てのものが、まだ発動せざる時、まず、大いなる霊水アムリタの大海があった。
この大海の聖なる揺らぎによって、波が生じ、この波によって宇宙の呼吸が生まれ、ここから気(プラーナ)が生じたのである。
この気を最初に呼吸するものとして、この宇宙に生まれたのが、始源の亀であった。
始源の亀は、アムリタの大海に浮かび、この亀の背に乗っていたのがT事象の地平線Uと呼ばれる、 一頭の巨大なる大極の象であったのである。
今日、我々の知るところの全ての万物、物質、有情(生命)は、皆この象の背の上に生じたものたちなのである。  象の背の上に、最初に生じたのが混沌(カオス)であった。
この混沌から古代の神々や、邪神が生まれ、法が生まれ、業(ごう)と縁(えん)、陰と陽、男と女──ふたつの力が生じて、これが輪廻(りんね)しながら、進化という名の増殖(ぞうしょく)を始めたのである。
物質の、涅槃に至ろうとする強い意志がこの輪廻を生み、生命を生み、進化を生んだのである。
すなわち、涅槃(ねはん)に向かって輪廻してゆく混沌こそが、この宇宙の本体なのである。
この混沌の中(うち)に、聖なる山、蓬莱山が誕生し、その頂に自らの棲み家として神々がお造りになったのが蓬莱宮であった。
この蓬莱宮を中心にして発達してきたのが、T増殖都市・蓬莱Uである。
東に尊神「持国天(じこくてん)」と聖獣青龍の守護する東天宮。   西に尊神「広目天(こうもくてん)」と聖獣白虎の守護する西天宮。
南に尊神「増長天(ぞうちょうてん)」と聖獣朱雀の守護する南天宮。  北に尊神「多聞天(たもんてん)」と聖獣玄武の守護する北斗宮。
以上四っの天宮と、中心の蓬莱宮からなるT増殖都市・蓬莱Uは、いまだに混沌の中で増殖を続けている。
この都市に棲むのは、T電脳態(でんのうたい)Uと呼ばれる存在形式によって生きるまつろわぬ民たちである。
ようこそ、蓬莱宮へ。
よくぞ辿り着かれた、まつろわぬ民の方々よ。 二〇〇〇年、四月一日この日をもって、現世より蓬莱宮への門(ゲート)は開かれた。
この年を、蓬莱紀元一年としたい。

夢枕獏 


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